たった一つ何かと出会うことで人生が動く話 | Lotustorks

2019/10/20 07:11

ども。
製作担当の中西です。
今回は前々回紹介した内容(https://www.lotustorks.com/blog/2019/10/05/134311)の続編を書いてみようかと思います。
相変わらずですが、内容を考えると随所にフランクな表現が含まれますのでご了承ください。


以前の記事では私がベースと出会った時から、Lotustorks代表の吉川と初めて顔を合わせるまでを一気に書いていきました。

もちろん音楽に関することのみですが、吉川と出会って以降の私の物語を、Lotustorksが始まるところまでカッチリ続編にしていこうと思います。

前回の記事では吉川と出会った日の写真で話を終わりました。
コレですね。
私の緊張しくさった顔がなんともチャーミングです

結論を先に見せてしまうようですが、今ではこんな感じになりました。
アヒル口とは反対に口角を下げた私の逆アヒル口が素敵ですね

若さでなんとかしてた当時とは違ってそれなりに眉毛があることに安心感を感じますが、ふてぶてしい感じはもう一生変えることができなさそうです。

1.リミッター

高校生で吉川と出会ってからというもの、私の考え方や感じ方が大きく変化したように思います。

どういうことかと言いますと、それまで巣の中でだけ生活していた鳥が自分も空を飛べることを知ったとでもいいましょうか。

出会いまでの数年で同世代の中では人並み以上にベースを弾いてきた私は、楽器の可能性に対して限界を決めつけていました。

こんなに指が早く動くはずがない
こんなに力強く弦をはじけるはずがない

一例を出すとこんなところでしょうか。

もちろん無意識のうちにですが、それゆえに問題です。

思い込んでいた限界を易々と破る吉川に当時の中西少年は心惹かれたわけで、学校そっちのけで学生服のまま近隣のライブには必ず足を運んでいました。
※ふて腐れているようですが、これが私の笑顔ですのであしからず。

また当時高校生だった私に吉川が非常によく接してくれたのも大きかったと思います。

よく吉川の運転でラーメンなんか食べに連れて行ってもらったものですあぁ懐かしいあのお店。。。

そんなだから吉川にベースを譲ってもらえるとなった日にゃ中西少年の心は本当に踊りました。

Warwick LX4というヤツです。

実際に演奏している瞬間の写真がないのが残念ですが、高校最後の学園祭で意気揚々とバキバキにスラップしたのをよく覚えています。

2.ベース暗黒期

楽しかった高校音楽生活とは裏腹に、目的もなく学業を営んでいた私の成績は散々なものでした。

実際三年生の時には単純に成績が悪くて危うく留年しかけたのです。

いや・・・高校で留年って・・・

大学受験のシーズンになってもイマイチ受験勉強に身が入りません。

今にしてみれば進学する目的を持っていなかったので当然のことです。

それでも何故大学進学したのかと言えば、正直『なんとなく』以外に他なりません。

たまたま入学した高校が県内トップの進学校だったので、受験期間中の時間割ときたら・・・。

0時間目から8時間目まである上に(←ハァ?)、放課後も夜中まで学校で勉強するという鬼スケジュールです。

ハラを括った私は譲ってもらったベースを一度吉川に預かってもらうことにしました。

ベースが手元にない間は学校の机の角を弦に見立てて三連符のリズム練習をしていたのを覚えています。

タカタ・・・タカタ・・タカタ・タカタタカタタカタタカタタカタタカタタカタタカタ高田タカタタカタタカタ

受験期間中も紆余曲折ありましたが、やっと合格して吉川からベースをまた戻してもらったときは嬉しかったですね。

こちらに関して今思うのは・・・

机で練習した上に、そんな喜ぶなら最初から預けなくてよかったのでは??

3.アカシックレコード

人それぞれに『私の名盤』みたいなものがあるかと思います。

挙げだしたらキリがないのですが、合格した日に嬉しさのあまり地元のCDショップで購入したVictor WootenSoul Circusが間違いなく数ある私の名盤の中の一枚です。
Bass Tributeという曲があるのですが、受験勉強から解放された私は一気に爆発しました。

それはもう発狂しました

著名なベーシストを何人もフューチャーしていて、これでもかというぐらいベースの個性と音、フレーズがパンパンに詰め込まれています。

それだけ多くの要素をパンパンに詰め込んでいるくせに曲として成立していることに何よりも衝撃を受けました。

改めて思うわけです。

ワイも空を飛べるんや!!

4.分岐点

進学するために島根から愛媛に移り住む時は、キャンパスライフという名の音楽生活を本当に楽しみにしていました。

手当たり次第に音楽サークルの歓迎会に顔を出して、最終的には一番規模が大きいからという理由でとあるサークルに所属します。

が、

現実はなかなか甘くありません。

吉川から教えてもらった音楽は今の時代でも世界トップレベルの評価を受けているのですが、当時は今ほどSNSや動画投稿サイトが普及していなかったことが原因でしょう。


大好きな音楽の数々を誰一人として知らなかったのです。


オマケに所属したサークルではオーディションというものがあって、誰でもライブ活動をできるわけではなかったことに大きなショックを受けました。

新入生歓迎ライブで演奏を一切せずに雑用のみをこなす上級生を見ていて無性に悲しくなり、途中で帰ったことを今でも鮮明に覚えています。

確かに数百人規模の大所帯だったのでわからなくはありません。

でも、

好きな音楽を誰も知らず
制限された音楽活動のみ

私にとっては地獄です。

ソッコーでサークルを辞めた私が進む道はその時点で決まっていたのかも知れません。
たった一人ベースをかついで関西圏を歩き回ることになっていきます。


~きっと続く~


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